作付け、農機のやりくり、飼料や肥料の選定。
日々の判断が積み重なって成り立つ農業経営において、「何が最善なのか」を見極めるのは、年々難しくなってきています。気候や市場、働き手の状況が複雑に変化する中、これまでの“経験と勘”だけでは乗り切れない局面が増えてきているのではないでしょうか。
そんな時代に、現場の判断を支える“静かな道具”として注目されているのが「数理最適化」です。
この記事では、ある大規模農家のAさんと、数理最適化コンサルタント乾さんの対話を通して、農業の現場にこの技術がどのように寄り添い、選択肢を広げてくれるのかを探ります。
「経営判断の確かさを、科学の力で後押しする」— そんな選択肢を、そっと手に取ってみませんか。
序章 “なんとなくの勘”に頼るのは、もう限界かもしれない
「今年、何をどこにどれだけ植えるべきか、毎年悩んでいて…」
そう語るのは、関東のある地域で大規模農業を営むAさん。作付けの選択、農機のやりくり、飼料の仕入れと配合——。農業経営の現場では、決断を迫られる場面が日々続きます。
「農機具も高いのに、うちはせいぜい年に10日も使っていない。酪農仲間と物流を共用できないかと考えたこともあったけれど、スケジュールがうまく合わなくて、結局止まったままです」
そんな悩みを抱えるAさんが、数理最適化コンサルタントの乾に話を聞きに来てくれました。
「何をどこに、どれだけ植えるか」で利益は変わる(作業計画)
Aさん:
今年も作付けどうしようかと思っていて…。なんとなく、去年と同じ感じでいこうかと考えてるんですが、正直それでいいのか、毎年モヤモヤしてます。
乾伸雄(以下、乾):
その感覚、よくわかりますよ。毎年条件が少しずつ違う中でも、「去年と同じ」というのは、安心できる選択肢ですからね。でもAさん、たとえば去年よりも米価が下がっていて、逆に大豆の需要が上がっているとしたら、同じ作付けで本当に利益が変わらないと言い切れるでしょうか?
Aさん:
確かに…。米は貯蔵も利くし、慣れてる作業なので、ついルーティンになってます。
乾:
もちろん、慣れている作物を選ぶというのも経営判断のひとつです。ただ、それが“本当に今の条件下で最適か”を見直すだけで、収益に大きな差が出ることもあるんです。たとえば、土壌の地力、地域ごとの需要、出荷タイミング、連作障害のリスク…。実は、作付け計画には想像以上にたくさんの変数が関わっています。
Aさん:
作業も多いですからね。うちは代かきは外注してるんですけど、日が空くと雑草が出てきて…。そのあとも田植えの段取り、収穫、乾燥調整まで一気に流れていくから、けっこう神経使うんです。
乾:
おっしゃる通りです。一工程ずれるだけで全体のスケジュールに響きますし、多品種になればなおさら調整が複雑になりますよね。だからこそ、「どこに・何を・いつ・どれだけ」植えるかという作業計画を、感覚ではなく“計算”で整えていく意義があると思うんです。
たとえば、数理最適化では、Gurobiのようなソルバーを用いて、何千通りもの組み合わせから“現実的でムダの少ない作業計画”を提案できます。最短でどの畑をどの順に作業すればよいか、人の手配がどこで足りなくなるか——そうしたことが事前に見えるだけでも、ずいぶん気持ちに余裕が出てきます。
Aさん:
なるほど…。言われてみれば、ここ数年、「毎年こんなにバタついてたっけ?」って思うことが増えてました。
乾:
気候も市場も労働力も、年々不確実性が増していますからね。だからこそ、「去年と同じ」で済ませることが、むしろリスクになりかねない時代です。
一度だけでもいいので、今ある条件をすべて“数字として整理してみる”という視点を持ってみませんか?計算結果がすべてではありませんが、「去年と同じ」の選択がより納得感あるものになるか、それとも新たな可能性に気づくきっかけになるかもしれません。
農機具と物流:シェアすれば安くなるはずなのに…(資源の共有とスケジューリング)
Aさん:
農機具の話なんですが、正直どれも高いですよね。うちの田植え機なんて、年に数日しか動かしてないのに、修理代は毎年かかるし…。これ、近所でシェアできたらだいぶ助かるんですけど、スケジュール調整が大変で、なかなかうまくいかなくて。
乾:
農機の共同利用って、実はすごく経済合理性があるんですよね。ただ、Aさんのように「タイミングが合わない」という声も多く伺います。特に田植えや収穫のように時期が限られている作業では、少しのズレが全体の計画に影響を与えてしまいます。
Aさん:
コンバインなんかも、よく壊れますからね。壊れると予定がずれて、そのあとの人に迷惑かけちゃう。それもあって、踏み出せていません。
乾:
わかります。そうしたリスクを踏まえたうえで、もし「誰が、いつ、どこで、何を使うか」を全体で設計できたらどうでしょうか。手作業での調整はどうしても限界がありますが、数理最適化であれば、各農家さんの作付け内容や面積、農機の可動可能日数、さらには故障時のバックアップ体制まで含めて、最適なスケジュールを一括で提案することができます。
Aさん:
それ、たしかに自分たちだけじゃ到底考えきれないですね。
乾:
たとえば「この農機はこの地域でこの3日間使う、そのあとは次の地域へ」といった具合に、エリア単位での最適配分ができます。苗の成長速度や稲の種類、田の管理をどのように調整すれば、より良い計画が立てられるかといった発展的な利用も考えられますね。また、酪農などの物流も、出荷タイミングやルートが重要になってきます。鮮度が問われる品目ほど、物流計画の工夫が大きな差を生みます。
Aさん:
物流も最適化できるんですね。トラックの空きや運転手の都合まで入ってくると、もう人力では無理だなと感じてました。
乾:
そうなんです。だからこそ「全体最適」という視点が生きてくるんですね。農機具も物流も、地域全体で最も効率の良い組み方を見える化することで、「誰かが損をする」という構造を避けられるんです。
飼料・肥料の“混ぜ方”でコストが変わる(配合問題)
Aさん:
うち、酪農もやってるんですが、最近は飼料代が上がりっぱなしで…。どうやって安くて栄養バランスのいい配合を選べばいいか、正直わかりません。
乾:
飼料コストは多くの農家さんが頭を抱えているポイントですね。Aさんは、原料ごとの価格や栄養価って、どうやって比較されていますか?
Aさん:
毎年、業者さんの見積もりをいくつか見て、だいたいこれなら良さそうかなって決めてます。でも、タンパク質や繊維のバランスとかまでは、細かくは見られていないですね。
乾:
そこが、まさに数理最適化が力を発揮できるところです。飼料設計では「この栄養素を最低限含みたい」「この原料は高すぎるから控えたい」といった制約を組み込んで、最もコストが抑えられる配合を計算できます。いわゆる“配合問題”ですね。
Aさん:
配合にも最適解があるんですね。たしかに成分と価格のバランスを見て選ぶのって、人間の勘では限界があります。
乾:
肥料についても同様です。たとえば土壌のpHや窒素・リン酸・カリウムの量を見ながら、適切なブレンドを考える。これも数式で表現できる問題なんです。肥料のコストも年々高騰していますから、こうした「配合の最適化」は収益の安定につながると思います。
未来の農業は「空から始まる」(完全データ農業)
Aさん:
最近、ドローンとか衛星とかで作付けを決めるって話、よく耳にするようになったんですけど、本当にそんな時代なんですか?
乾:
ええ、もう現実になってきていますよ。ドローンによる空撮や、人工衛星の画像データから、作物の生育状況や病害リスクを把握する技術が進んでいます。そうした“空からの視点”を取り入れることで、これまで見えていなかった圃場の違いが明確になってきているんです。
Aさん:
そうなると、作付けの判断もまるっきり変わってきそうですね。
乾:
そのとおりです。ドローンなどで得られる生育データや植生指数をもとに、どこに何を植えるかを計画する。さらにそこへ数理最適化を組み合わせることで、科学的な根拠を持った作付け戦略が立てられるようになります。
Aさん:
昔ながらの“目で見て決める”の世界から、“見えないものを見えるようにする”世界へって感じですね。
乾:
まさに、経験とデータの両輪です。今ある技術を活かしながら、現場で蓄積されてきた知恵を支える。そんな未来の農業が、すでに始まりつつあると感じています。
自然の中だからこそ、判断の助けが必要になる
Aさん:
農業って、本当に自然が相手じゃないですか。毎年、気温も雨の量も違うし、同じことをしていても結果が変わる。だからこそ、完璧な答えはない。でも、その都度判断していかなきゃいけないのが、難しいところでもあります。
乾:
その感覚、とても大切だと思います。数理最適化も、万能な解を出すための魔法ではありません。ただ、判断を後押ししてくれる“道具”にはなれると思うんです。迷ったときに選択肢を整理してくれる存在、とでも言いましょうか。
Aさん:
これまで、自分の畑のことばかり考えていました。でも今日お話を聞いて、地域全体の中でどうやって回していくか、という視点も大事だなと思いました。数理って、そういう視点を持たせてくれるんですね。
乾:
そうですね。農業経営に「数理最適化」という武器を持つことは、未来の変化に対応するための“備え”でもあります。大規模化、多角化、協業、そして気候変動や人口分布の変化…。農業を取り巻く環境は今後も大きく動いていきます。だからこそ、ひとつひとつの判断を支える道具があることで、よりしなやかに、より持続的に農業を続けていけるのではないかと思うんです。

