株式会社豊田自動織機の鋳造ラインでは、約60基のマシンと400品番超の組合せによって生産計画が立案されており、その組合せ数は「10の240万乗」という想像を絶する規模に達します。従来は熟練の生産管理担当者が経験と勘で計画を組み、関係部署の累計で月1,000時間もの工数をかけて修正を続けてきました。
このプロジェクトを技術面から主導されたのが、ITデジタル推進部の山根 有輝也様です。混合整数計画法(MIP)と、独自に考案された「離散的ペナルティ」によって、月初の計画立案工数を6割以上削減。その過程で生まれた数々の気づきと、現場と数理の橋渡しの工夫について、たっぷりお話を伺いました。
◎お話を伺った方
山根 有輝也 様 株式会社豊田自動織機 ITデジタル推進部 デジタル技術室 技術企画グループ
◎本記事のポイント
約60基のマシン×400品番超で「10の240万乗」に達する計画問題を、MIPで自動化
熟練者の「ざっくり」した判断ロジックに合わせ、独自の「離散的ペナルティ」を考案(特許出願済)
月初の計画立案工数を6割以上削減し、属人化解消・人材異動の実現にも寄与
「フィット・トゥ・スタンダードの逆」を貫いた、現場流のカスタマイズ最適化
月1,000時間と「10の240万乗」── 属人化が加速させていた現場の構造
――まず、山根様の現在の役割と、本プロジェクトに取り組まれた経緯を教えてください。
山根様:本プロジェクトを始めた当時は実務担当者でしたが、現在は、後輩の育成や新技術の社内展開を担当しています。最適化に限らず、新しい技術を会社の中に広げていく、小さなチームのリーダーというイメージです。
経歴で言うと、ITデジタル推進部に配属されたあと、トヨタグループの研究所に2年ほど出向し、そこで今回の技術を開発して戻ってきました。生産計画には、もうかれこれ5年ほど関わり続けています。
――もともと数理最適化はご専門だったのでしょうか。
山根様:いえ、大学で授業を受けて、ギリギリ単位を取った程度です(笑)。教科書だけを見ても何の役に立つのか分からなかったのですが、入社後に現場で困っている方々の話を聞いているうちに、「あ、これは授業でやった、あれかも」と思い当たって。そこから学び直して、ようやく身についた感じです。
――現場では、具体的にどんな困りごとがあったのでしょうか。
山根様:まず、計画立案の業務フロー自体が標準化されておらず、再現性がなかったのです。熟練の担当者が、勘と経験で「とりあえず在庫切れがないように」と数字を置いていく。それを自動化したくても、標準的なプロセスが決まっていないから手が出せない。どの技術を使えば解けるのかすら分からない、というところから始まりました。
――技報には「関係部署累計で月約1,000時間」という数字がありましたが、これは衝撃的な数値ですね。
山根様:複数人の累計で、それだけの時間をわざわざかけていたのです。鋳造ラインの計画には金型整備、鋳造、熱処理、在庫保管、仕上加工という5つの工程が関わっていて、各部署の組長・班長が「自分のところでこの計画は回せるか」を確認し、ときには電話で調整する。2交代制でのべ100人くらいの担当者が、月に1,000時間を費やしていた計算です。
しかも、そこまでやっても、その計画が利益最大になるのかは誰にも証明できなかった。それが一番の問題でした。
「手法はどれでもいいから、1つに決めてやってみよう」── 数理最適化との出会い
――数理最適化で解こう、と踏み切れた理由は何だったのでしょうか。
山根様:出向先の研究所のアドバイスが大きかったです。当時、研究所の方に言われたのは、「世の中には近似解法も含めて、アルゴリズムが山ほどある。解ければどれでもいいのだから、まず1つに決めてできるところまでやってみよう。失敗なら失敗で、それを残しておけば無駄にはならない」と。
数理最適化の良いところは、解き方は一旦置いておいて、数式さえ組めばGurobi Optimizerが解いてくれる点だと感じました。「数式さえ組めればいいなら、やろうかな」と。それが取り組みの出発点ですね。
――実際にやってみていかがでしたか。
山根様:生産管理担当者の考えるルールには、数理最適化が非常によく向いていました。一方で、トラブルシュートはしにくい(笑)。一度モデルを組むと、解が出るまで根気よくチューニングし続けるしかなくて。うまくいったと思っても、それをちょっといじるだけで今度は解けなくなる。それを繰り返すのが開発プロセスでした。
――そもそも「10の240万乗」という計画の組合せ数。これが、工数1,000時間の原因だったわけですね。
山根様:そうですね、組合せ数の大きさは元凶でした(笑)。ただ、人間が1,000時間かけてでも結果として解けているのなら、解けない問題ではないはずだ、とは思っていました。お客様のニーズに応えるため、他社に負けないために、膨大な組合せに立ち向かう必要があるのなら、変えられないのはその前提ではなく、解き方のほうだろうと。
「ベテランの暗黙知」が数式にならない壁
――目的関数や制約条件を整理していく中で、特に苦労されたところは。
山根様:ベテランの計画担当者が言っていることが、数式に翻訳できないことがよくありました。たとえば金型の交換回数(型替え回数)。これを減らすのが現場の重要事項なのですが、Gurobi Optimizerで作った計画を持っていくと「うーん、多いね」と言われる(笑)。
「じゃあ何回なら合格でしょうか」と聞くと、「それは組んでみないと分からない」と返ってくる。その場の肌感覚で判断している部分があり、言語化できないのです。
――それを、どうやって乗り越えられたのですか。
山根様:型替え回数を減らすと、今度は在庫が積み上がります。細切れに生産するのが一番効率はいいのですが、そうすると金型整備にかけているあいだに在庫が減り、また金型を付けて生産する、という波ができる。型替え頻度を減らすと、その波が大きくなって在庫の振れ幅も大きくなる。
生産管理側からすると型替えを増やしたほうが需要に対応しやすいので嬉しいのですが、現場側からすると型替えは非常に大変な作業。両方に聞くと、「早めに型替えして在庫を減らした方がいいけど製造部から文句を言われる。でもこの日以降にずらすと在庫が増えて入れ物が足りなくなるからダメ。間ぐらいで」と返ってくる。
その「間ぐらいで」を聞いた時に、「間」ということは、ここから先はアウト、というラインが2本あるんだな、と気づいたのです。

連続から「離散」へ── 熟練者の判断は、もともと段階で動いていた
――そこから、離散的なペナルティの発想に至ったわけですね。
山根様:はい。それと、1回や2回、型替え回数が減ったところで、現場からは良いとも悪いとも言われない。そんなに細かいところまでは見ていなさそうだと。
ということは、連続値(滑らかなペナルティ)でいくら細かく出しても突き返されてしまう。だったらいっそ、値を丸めて離散的にしてしまったほうが、認めてもらえるのではないか。実際に試してみたら、計算も速くなって、現場の反応もよくなって。一石二鳥でした。
――ブレイクスルーのきっかけは?
山根様:当初は先行研究を活かして解決できないかなと思っていました。そして、その先行研究では滑らかなペナルティが使われている例が圧倒的に多いのです。Gurobi Optimizerでも、そのやり方で上手くいくケースはたくさんあると思います。
ただ、この問題ではどうやってもダメで。連続的なペナルティを入れた瞬間、計算が全然終わらなくなる。「どこで止まっているのだろう」と考えているうちに、「そういえば、あの人(ベテラン)もざっくりとした数値でしか指摘しないな」と思いました。だったら目的関数もざっくりにしてしまえ、と。試行錯誤の末にたどり着いた、というのが正直なところです。
――特許も出願されましたね。
山根様:はい、出願はしました。ただ、金型をここまで頻繁に替えて鋳造するメーカーって、世の中にそんなに多くないのです(笑)。この技術だけではあまり儲かりそうにはないのですが、出しておけば実施権は確保できるので、自分の身を守るために出した、という感じです。
月初の工数が6割減、ついにジョブローテーションが可能に
――導入効果としては、月初の工数が6割以上減ったとうかがいました。
山根様:月の業務は「立案」と「修正」の2つに分かれているのですが、立案部分の工数が6割以上減りました。1,000時間の半分が立案だとすると、500時間 × 6割で、月300時間ほどは削減できている計算です。
――その浮いた時間で、何が新しくできるようになりましたか。
山根様:トヨタグループで言う「原単位の追求」ですね。生産を1個増やすと、コストがどれだけ上がって、利益がどれだけ上がるのか。その究極を突き詰める活動が、ようやくできるようになりました。
たとえば、型替え回数が何回以上だと負荷がきつい、という議論がありましたが、「では、何回が最適なのか」を本気で考える時間ができた。回数を増やしたら利益が上がるのなら、増やすために人を雇えばいい、というところまで踏み込んで議論できるようになります。

――現場のチームには、どんな変化がありましたか。
山根様:今や、このシステムを使うことが業務フローに完全に組み込まれていて、ない状態には戻れません。それから、これができて1年後に、担当者の異動が実現できたのです。
本当は別の部署でも活躍してほしかった人材が、属人化していてずっと動かせなかった。それが、システム化されたことでようやく動かせるようになった。人事異動に、若干でしたが貢献できたのかなと思います。
「フィット・トゥ・スタンダードの逆」を貫けたわけ
――異動された方とは、その後も連絡を取り合っていらっしゃるそうですね。
山根様:はい、たまに連絡が来ます。「他社のソフトと比べて、Gurobi Optimizerのほうが良かった、山根さんの作ったシステムや計画が良かった」と言ってくれるのです。
なぜかと言うと、生産計画システムは世の中にたくさんありますが、ほとんどが「フィット・トゥ・スタンダード」── 仕事のやり方をソフトに合わせる、という考え方で作られているのです。ところが、うちのように金型を替えながら、在庫の振れ幅がこれだけある、という特殊な現場には合うソフトが本当にない。無理に合わせようとすると、これまでのノウハウも仕事の良さも全部崩れてしまう。
今回のアプローチはあえてその逆をいき、仕事の仕方にシステムを合わせて設計した。だから現場の良さを残しながら、間の無駄な工数だけを減らせたのだと思います。Gurobi Optimizerだからこそ実現できたやり方でした。
同じ悩みを抱える方へ── 「数理最適化の仲間を、社内に作ってください」
――最後に、同じような悩みを抱える他業界の方々へ、メッセージをお願いします。
山根様:成功体験として言える話はそう多くないのですが、1つだけ、自信を持って言えることがあります。それは、数理最適化の仲間を社内にたくさん作ることです。
これは絶対に必要です。1人で進めようとすると、「言っていることを分かってくれる人」がいない。上層部への訴えかけもできないし、「そもそもソルバーって何?」というところから始まってしまう。投資判断もできません。
私の場合は、トヨタグループの研究所が後ろ盾になってくれて、「研究所が言うなら」と動いてくれた経緯がありました。ただ、それだけでは動いてくれない人もいるので、ここからは私自身が、自分の言葉でも人を動かせるようになることを、今後目指していきたいですね。
豊田自動織機様の取り組みは、現場の暗黙知と数理モデルの対話を重ねながら、「離散的ペナルティ」という独自の発明にまで至った、日本のものづくりらしい事例です。月1,000時間という人的コストの削減はもちろん、属人化の解消、人材異動の実現、原単位の追求といった副次的な効果まで生み出されています。
「フィット・トゥ・スタンダードの逆を貫けた」── 山根様のこの言葉は、数理最適化の本質を端的に示しています。標準的な業務に合わせるのではなく、業務の本質を数式で表現する。そのために、Gurobi Optimizerは「数式さえ組めば解いてくれる」道具として活用される。技術と現場が互いを尊重する設計思想こそが、本プロジェクトの根幹にあるのだと感じました。
Gurobi Japanでは、生産計画・スケジューリング・配送計画など、複雑な意思決定を支える数理最適化の導入を、コンサルティングから実装サポートまで一貫して支援しています。「自社の課題は数理最適化で解けるのだろうか?」── そんなご相談から、お気軽にお問い合わせください。


