私たちが毎日なにげなく利用しているお店やサービスの裏側では、「限られた人・時間・設備で、どうやりくりするか」という意思決定が毎日くり返されています。この連載では、Gurobi Japanで最適化コンサルティングを担う乾伸雄氏が、さまざまな「現場」を訪ね、そこで働く人の困りごとに耳を傾け、その裏側にある数理モデルの考え方を紐解きながら、一緒に問題を解決していきます。第1回は連載のガイダンスとして、早朝の商店街を歩きます。
※本連載に登場する企業・現場・人物は、実際にいただいたご相談をもとに再構成した架空のものです。
朝5時、オーブン2台と20種類のパン
今日は、朝5時の街のパン屋さんを訪ねています。シャッターの閉まった商店街で、この店の厨房だけが明るく、焼きたての香りが通りまで流れてきます。
厨房ではご主人とアルバイトの方の計4名が、オーブン2台をやりくりしながら、開店の7時までに20種類のパンを焼き上げようとしています。今日はこのお店のご主人に、朝の段取りの話を聞いてみたいと思います。
乾さんに同行するのは、数理最適化を学び始めたばかりの若手担当者、森さんです。
乾さん
おはようございます。お忙しい時間にすみません。朝はいつも、この人数で回していらっしゃるんですか。
ご主人
ええ、4人です。生地の仕込みは前の晩に済ませておいて、朝は成形と発酵と焼きの繰り返しですね。
乾さん
焼く順番は、どうやって決めているのでしょう。
ご主人
そこがいちばん頭を使うところです。発酵の時間は生地まかせだから動かせないし、オーブンは2台しかない。
食パンとハード系のパンでは焼く温度も違うので、同じオーブンで続けて焼くなら、温度を切り替える待ち時間も見ておかないといけません。順番を間違えると、開店に間に合わないんです。
森さん
毎朝、その順番を頭の中で組んでいるんですか。
ご主人
頭の中と、この紙ですね。
- そう言ってご主人が壁から外したのは、Excelで作った「仕込み・原料発注表」を印刷した一枚でした。パンごとの仕込み数と、小麦粉やバターの発注量が並んだ表の余白に、鉛筆の書き込みがびっしりと残っています。

ご主人
表は何年も前に作ったきりで、大事なことはほとんど書き込みのほうにあります。「バターは冷蔵庫に3箱まで」「粉もバターも火曜と金曜しか来ない」「雨の日は菓子パンを2割減らす」。私にしか読めないメモですね。
前の日の夕方に「サンドイッチ用のパンを30本追加で」なんて注文が入ると、この紙とにらめっこして全部組み直しです。そういう朝は、正直ひやひやします。
乾さん
この書き込みこそ、長年の経験が詰まった財産ですね。少しお借りしてもいいですか。
「段取り」は、立派な計画である
開店の準備が一段落したころ、店の片隅で乾さんが話してくれました。
乾さん
いまご主人が話してくれた「段取り」こそが、数理最適化でいう「計画」そのものなんです。
どのパンを、どのオーブンで、何時から焼くか。発酵時間やオーブンの台数という動かせない条件を守りながら、開店に間に合う順番を見つける。実は、工場の生産計画とまったく同じ構造をしています。
森さん
パン屋さんの朝が、工場と同じ……ですか。
乾さん
ええ。どんな計画も、分解すると3つの要素になります。
1つめは「決めること」で、数理最適化では「変数」と呼びます。今回のお話ですと、オーブンごとに焼くパンの順番やパンの数量、そして各原料の在庫量などを変数にします。特にパンの種類によって要求されるオーブンの温度が変わるので、温度変化が少ない順番を作ることが重要ですよね。2つめは「守ること」、つまり「制約条件」です。発酵時間、オーブン2台、7時の開店。それに、ご主人の紙にあった「バターは冷蔵庫に3箱まで」「納品は火曜と金曜だけ」も、立派な制約条件です。
3つめが「評価のものさし」で、「目的関数」と呼びます。「オーブンの温度切り替えを減らす」「売れ残りや品切れを減らす」「電気代を低く抑える」など、何をもって良い計画とするかを決めるものです。
パン屋の朝も、工場の生産計画も、分解すればこの3点セットになります。
ご主人の書き込みのように、現場の知恵は一人の頭の中や紙の余白にしまわれていることがほとんどです。私たちのコンサルティングは、まずそれを一つずつ伺うことから始めて、課題を制約条件や目的関数に置き換えて、数理モデルとして組み立てていきます。
森さん
3点セットを書き表せれば、あとはコンピューターが答えを探してくれる、ということですか。
乾さん
その通りです。この考え方の大きな出発点は、1947年にさかのぼります。アメリカの数学者ジョージ・ダンツィグは、米空軍の膨大な計画業務、たとえば訓練や物資の補給、人員の配置といった計画業務を数理最適化問題として研究しました。そして、これを効率よく解く方法として「シンプレックス法(Simplex Method)」を考案しました。
この分野を代表する問題の形式「線形計画法(リニアプログラミング)」の「プログラミング」は、もともと「計画を立てる」という意味なんですよ。
それから約80年、計算機と「ソルバー」と呼ばれる計算エンジンの進歩によって、いまでは製造・物流・小売・医療などさまざまな領域の「計画を立てる」あらゆる現場で使われています。
「この答えはおかしい」から見つかるもの
開店後、客足が落ち着いたころ。乾さんはノートパソコンを開き、ご主人の表と書き込みを条件にした簡単なモデルで、来週の仕込みと発注の案を計算してみせました。
乾さん
土曜はクロワッサンがよく売れるので、金曜に届くバターを土曜の分に回して、クロワッサンをもう少し増やす。計算上は、これで土曜の品切れがいちばん減るという答えです。
ご主人
いや、それは無理です。クロワッサンの生地は、前の日の朝にバターを折り込んで、一晩寝かせるんです。金曜の午後に届いたバターでは、土曜のクロワッサンには間に合いません。
それに、夏場は冷蔵庫に生地も入れるから、バターは2箱しか置けないんですよ。
森さん
どちらも、紙には書かれていないルールですね。
ご主人
言われてみれば、そうですね。当たり前すぎて、書こうと思ったこともなかった。
乾さん
まさに、それを伺いたかったんです。書き込みにないルールは、モデルの答えの「違和感」となって現れます。「この答えはおかしい」と感じていただけたら、そこには必ず、まだ言葉になっていない知恵が隠れています。
そのルールを条件に加えて、もう一度解き、また見ていただく。この往復を重ねるうちに、ご主人の頭の中にあった段取りが、システム作りに生かされていきます。現場の方と一緒に暗黙知を掘り起こしていくこの工程こそ、数理最適化コンサルティングでいちばん大切にしている部分です。
商店街の朝は、最適化の宝庫
パン屋さんを後にして通りへ出ると、コンビニの前にトラックが止まり、ドライバーが手際よく商品を運び込んでいました。
乾さん
あのトラックの動きも、最適化と深く関わっています。
コンビニへの配送は、お弁当などのチルド品、飲料や日用品などの常温品、アイスなどの冷凍品と、温度帯ごとに便が分かれていることが多く、1台のトラックが決められた時間帯に何店舗も回ります。
どの店をどの順番で回れば、走行距離や時間を抑えながら約束の時刻に届けられるか。これは「配送計画問題」と呼ばれるものです。
森さん
そういえば、隣のスーパーの事務所の前に、パートさんのシフト表が貼り出されていました。
乾さん
いいところに気がつきましたね。一人ひとりの希望休や勤務時間の上限を守りながら、時間帯ごとに必要な人数をそろえる。これは「人員スケジューリング問題」です。
朝の商店街を5分歩くだけで、これだけの「問題」に出会えるんです。
この連載で訪ねる現場
この連載では、こうした「計画」の悩みを抱える現場を1回にひとつずつ訪ね、そこで働く方の困りごとを伺いながら、数理最適化の解法の考え方を解説していきます。
次回は樹脂成形メーカーの工場で「生産スケジューリング問題」を取り上げます。その後も、数理最適化が用いられるような課題を抱える様々な業界の現場を巡る予定です。
そして最終回には、私たちGurobi Japanのオフィスを訪ね、コンサルティングの現場でしばしば直面する「解が出ない」という難題にも向き合います。
同行者とのQ&A
帰り道、森さんが今日歩いて浮かんだ疑問を、乾さんに投げかけました。
森さん
Q1 パン屋さんの段取りと、工場の生産計画は、同じ問題なのですか?
乾さん
規模は違っても、構造は同じです。パン屋なら「パン」と「オーブン」、工場なら「製品」と「生産設備」。何を、どの設備で、いつ作るかを決め、設備の台数や作業時間といった条件を守り、納期や効率といったものさしで良し悪しを測る。3点セットで書き表せれば、同じ考え方で解くことができます。
ただ、工場では品目が数百、条件が数千という規模になることも珍しくなく、人の頭だけで組むのは難しくなります。そこでコンピューターの力を借りるわけです。
森さん
Q2 数理最適化は、AIとは何が違うのですか?
乾さん
よくいただく質問です。ざっくり言うと、AIは「予測」が得意で、数理最適化は「意思決定」が得意です。
たとえば「明日はクロワッサンが何個売れそうか」を過去のデータから見積もるのはAIの役割。その予測を受けて「では、何を何個、どの順番で焼くか」を決めるのが数理最適化の役割です。しかも数理最適化は、発酵時間やオーブンの台数といった条件を守ったうえで答えを出します。
両者は競い合うものではなく、組み合わせることで力を発揮します。そして、出てきた答えを採用するかどうかを最後に判断するのは、現場の人です。
森さん
Q3 この連載では、どんな現場を訪ねていくのですか?
乾さん
工場、物流センター、スーパーの事務所など、読者の皆さんの職場にも近い現場ばかりです。
毎回、現場の方の困りごとを伺ったうえで「実はこれは◯◯問題と呼ばれるものです」と解説し、もしGurobi Japanにご相談いただいたら、何を伺い、何を確かめながら進めるのかまでお話しします。
難しい数式は出てきません。「うちの現場にも、似た悩みがあるな」と感じていただけたらうれしいですね。
森さん
明日の朝、パン屋さんの前を通ったら、厨房の中が少し違って見えそうです。
次回予告
次回は、樹脂成形メーカーの工場を訪ね、「生産スケジューリング問題」を取り上げます。Gurobi Japan の note 公式アカウント にて公開予定です。
うちの現場は、どうだろうか
もしそう思うことがあれば、まずは気軽にGurobi Japanにご相談ください。いきなり大規模な開発に着手するのではなく、簡単なプログラムで数理最適化のイメージをつかんでいただくところから始められます。
▼ 数理最適化コンサルティングのサービスページ
https://www.gurobi.com/jp/consulting/
▼ 数理最適化AIアシスタント「Gurobot(グロボット)」
https://www.gurobi.com/solutions/gurobot/
※この記事は、Gurobi Japanの最適化コンサルティング シニアマネージャー・乾が監修しました。

